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みずもん

キャラ戦闘力を高めるブログ

水元英登のプロフィール

この記事を書いた人:
水元英登(みずもと ひでと)
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キャラDJ / 構成作家

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目次

・司会進行
・企画
・動画
・写真 

01. 水元英登の簡単な経歴
02. 私が大事にしている価値観「正解はない」
03. 生まれてからこれまでの小さな主人公の冒険
 03-01. 誕生から小学校
 03-02. 中学高校に芽生えてしまった依存の心
 03-03. さらに楽すぎた大学で完全に平均値へ
 03-04. 初めての職場が競走馬育成牧場である理由
 03-05. サラリーマンを経て 自分の実現したい世界を作るチャレンジへ
 03-06. 今 多方面からじわじわ来ている
04. 今の私だから言える 感動のある世界の実現

 

司会進行

4月5日。プロブロガーあんちゃをお招きしての公開インタビュー。

youtu.be

 

企画

2015年8月から3回の開催を重ねた即興プレゼンバトルを企画・運営しています。

youtu.be

 

動画

主催したイベントの参加者のみなさんにインタビューをお願いした時の動画です。

youtu.be

 

写真

一瞬を切り取る写真を意識した “何を撮るか” にこだわるカメラマンでもあります。

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水元英登の簡単な経歴

競技プレゼン界のOnly.1。
競技プレゼン「シンポシオン」ファウンダー。

キヅキノアシスト株式会社 代表取締役 5年生。

中学時代に旺文社読書感想文コンテストで佳作賞(←だからどうした)

東京都立川市出身。大学卒業までは両親と同居。公務員のような絵に描いたつまらない優等生で、まったく笑えるエピソードがありません。明治大学政治経済学部経済学科出身なので、同窓の方がいらっしゃいましたら話しかけてください。学歴なんてこれくらいしか役に立ちませんが。

当時の私がどんな思いで生活をしていたかは、漫画『進撃の巨人』が代弁してくれているので参照ください。→ 進撃の巨人 作品公式サイト

 

そんな現状を打破するためには実家でぬくぬくしていてはダメだと思い、卒業後住み込みの競走馬育成牧場に就職しました。このあたり、話の筋がいくつか飛んでいるように感じられると思いますので、後ほど深掘りしてみます。

“やろうと思えば、なんでもできる!”について触れたいと思います。お楽しみに!

 

その後、英会話スクールの雇われ校長、新聞社編集部の常駐外注業者、ピラティス・スタジオ経営企画などの職を渡り歩き、2014年に完全独立

 

2015年8月にそれまでになかった競技プレゼン界を設立(勝手に)。2016年2月までに3回の大会を数えるに至ります。競技プレゼンとは → シンポシオン ~Symposion~

私が大事にしている価値観「正解はない」

私が人間として、平均値からどこがずれているのかを知ってもらうのが私の特徴を知ってもらうのに手っ取り早いことでしょう。

私が持っている小さな世界観は “正解はない”。

既存の常識、多くの人がそれを信じて流されているものを尊重しつつも自分だけが別の動きをしてみるのが好きです。平均値からは世界を変えるような偉人は生まれないので、無数の変化の試みの中にたくさんの失敗と少数の成功があるのだと考えています。

私にとっての初めてのチャレンジは、今思えば幼稚園の時の演劇だったのかもしれません。題目は「大きな株」でした。大きな株を知らない人はググって自習してくださいね。幼稚園の演劇の配役なんて大人が何となく決めるものだと思いますが、私は立候補しました。立候補なんて他の誰もしないので、あっさり当選できました。

私が立候補したのは、「おばあさん」です。

大きな株の主役は「おじいさん」です。主役のおじいさんは他のキャストに比べて圧倒的に台詞が多く本番までにそれなりの記憶が必要で、大きな時間コストが予想できました。おじいさんと同時に舞台上に登場し、最後まで舞台に立ち続けるのはおばあさんです。演技とは台詞だけではありません。コスト対効果を考えれば、おばあさんこそ一番生産効率のいい役目だと言えるでしょう。

おばあさんは女の子がやるもの。そんな正解などないことを証明した最初の例です。

 

ここからは細かく見ていきます。お時間がある時に見てもらえれば嬉しいです。全部を通して読んで欲しいので20分程度お時間をください。もし時間がなければ、あとで見てみてください。

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生まれてからこれまでの小さな主人公の冒険

〜 誕生から小学校 〜

 東京都立川市出身。両親の下に、長男として誕生しました。

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小学校2年生の時に東京都八王子市に引っ越し転校を初めて経験すると、4年生の時に父の仕事の関係で新潟県柏崎市に引っ越し転校、翌5年生の時に元の場所(八王子)に戻ってきました。

小学生というのは、今はどうかわかりませんが、政治力の世界です。

親の手の届かない初めてのフィールドに1人放り出されたようなものです。すでに出来上がった社会にたった1人の子どもが入っていき居場所を確立するのは大人が想像する以上に困難なことであり、それを繰り返してきた私には明智光秀のような(子どもとしては)高度な政治力を備えることができました。

〜 中学高校に芽生えてしまった依存の心 〜

中学校と高校は私にとってはパラダイスでした。

一度も引っ越しも転校もなかったので、生まれて初めて最初から自分のワールドを構築できました。勉強は楽勝だったので、長期的短期的ともに将来に対する不安は一切なく、部活も吹奏楽部だったためか “文化人枠” というべきか思春期にありがちな暴力的な力関係の枠の外にいました。

そのために、やるべき与えらえたことをしっかりやれば、自分の周囲の世界がうまいこと私を求めて進むべき道を作ってくれるという他者依存の芽が心に生まれてしまっていました。

〜 さらに楽すぎた大学で完全に平均値へ 〜

高校まではまだ規則正しい生活が与えられていましたが、この精神力で大学に行くともれなく堕落します。依存要素が強いくせに自由を手に入れると、多くの場合、人生詰むと思います。私も着実にその道に入り込んでいました。

「自分ならなんでもできるはずだ」

本当は何もできないくせに、このポジティブシンキングがチャレンジに向かえば良いのですが、「やろうと思えばできますよ」の方向へ行ってしまいました。

〜 初めての職場が競走馬育成牧場である理由 〜

大学時代。そんな自分に危機感を薄々持っていた私は、とにかく依存の根本である実家を離れなくてはならないと考えていました。原因を自分の中ではなく外部環境に求めてしまったわけです。

この時、自分の欠陥に目を向けることがもしもできていたら、少しはまともな人間になっていたかもしれませんね。

私の出した結論は、大学の3・4年の夏休みを利用して1か月を超える住み込みの仕事をすることでした。3年生の時が高原野菜の農家、4年生の時が乗馬のできるペンションでした。そこで私は、この仕事は私なら耐えることができると感じました。

まあ、実際は職人の世界。プロスポーツ選手になるようなものです。まったくの役立たず。たった1年でクビ同然で退職しました。ここが私のキャリアの崩れの始まりです。いわゆる履歴書が汚れてしまうってやつです。結果的には過去に依存できない状況に自分を追い込めた転機となりました。

徐々に実態に伴った世間体になっていく。そう、最初からくだらないプライドなどなかった方がまともに時間を使います。

〜 サラリーマンを経て 自分の実現したい世界を作るチャレンジへ 〜

その後、生活のためのサラリーマンを経験し、自分のやりたいことを見失い、自分のできることをして生き延びていました。自分に蓄積されるものが何もなく、自分のリソースだけが流出していくような状況でした。それは自分の会社を立ててからも本質は変わらず、納品先が会社からお取引先に入れ替わっただけでした。しかも、しばらく兼業していました。なので私の会社のスタートは、決してかっこいいものではないのです。箱がないと相手にされないと思って作っただけです。

私がやりたいこと = 企業理念

この部分がぽっかり空いた箱だけの会社に何の存在意義があるのだろう。「私はこういう者です」と言える自社商品が喉から手が出るほどに欲しかったのです。

そこで思いついたのが「即興プレゼン」という新しいジャンルでした。
即興プレゼンとは

〜 今 多方面からじわじわ来ている 〜

「即興プレゼン」を思いついてから実際に大会を開催するまでに約1か月の準備期間でやりました。これは早く「事例・実績」が欲しかったからです。アイデアだけがあるのと、それを形にしたのでは雲泥の差があります。

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2015年8月の第一回大会を皮切りに、2015年10月に第二回大会、2016年2月に第三回大会と開催実績を作ることができました。最近は映画館で見た「ちはやふる」の看板に影響を受けて “競技プレゼン” というキーワードを意識的に使うようにしています。
競技プレゼンとは

YouTubeやニコ動で見ているだけだった存在の岡田斗司夫さん・うしじまいい肉さん・古川洋平さんのような著名人とも一緒にお仕事させていただけるコンセプトコンテンツになりました。

ただの「変わっている」「面白い」だけのお遊びだったものが、様々なオファーを受けるプラットフォームになりつつあります。クライアントを主催者としたスピンオフ企画、企業様の社内プレゼン大会のご提案などじわじわ来ています。

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本当にじわじわです。当初は「...で、それが(プレゼン大会が)何になるの?」と冷たく言われたものです。でも、多くの日本人が最初にFacebookを触った時、「これ、何が面白いの?」「こんなの、誰がやるの?」と切り捨てたはずなんです。それが、アメリカで流行って、外圧によって再度見直した歴史があります。

そうです。「正解なんてない」のです。

少なくとも、世間は正解を知らないのです。

今の私だから言える 感動のある世界の実現

私は感動を与える人間になりたいと思っています。

それは本当にごく一部の人だけでも構いません。無限に広がる無関心の原野を見下ろして君臨するよりも、たった少数でも強烈な仲間に巡り合いたい。綾瀬はるかになれなくても、沢尻エリカになりたい。

感動を与えるというのは、他人と同じことをしていてもダメです。一線のこっち側とあっち側になる必要があるということです。それは「どうだ、すげえだろ!」という乱暴なものではなくて、「そこまでやるのか」「そんなにあっさりやるのか」という、誰にでもできることを誰にもできないくらいやるという意味です。ですから、他人が好まないことこそ、進んで手を挙げたいと考えています。

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また、私の特徴は話がころころ変わるということです。

朝支持していたものを、夕方には非難するようなことはしません。朝支持していたものとは違うものを夕方には支持し始めることがあります。理由は2つあります。

私自身が成長しているからです。見聞きしたものを一旦素直に取り込んでみます。その上で、フェードアウトしていくものもあれば、強く残るものもあります。これは自然なことです。

環境が変化しているからです。高度経済成長期であれば、1か所にとどまることが安定への近道でした。耐えて待つことで周囲全体が上に押し上げられたからです。現在は違います。ここの会社員でいいのか?この業種でいいのか?円でいいのか?通貨でいいのか?誰にも5年後が読めない時代です。1か所にとどまるリスクは、それ自体が沈むタイタニックで一番高い場所を確保するのと同じです。

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現在私は、これまでの価値観の中心であった貨幣経済での貯蓄を吐き出し、新しい価値観の根拠に変換しようと画策しています。これが正解かどうかは誰にもわかりません。でも同様に、その他大勢が正解かどうかも誰にもわかりません。

ただし、私個人と少数の仲間であれば、それが正解になるような活動が可能です。その他大勢が生活する社会を変えることはこの文明社会では不可能に近いでしょう。

恐らく、社会を変えるようなことができるのは、GoogleやAmazonのような超巨大グローバル企業だけです。AI(人工知能)が人的コストよりも合理性が高くなった時でしょう。冗談で「お金は命よりも重いんだよ」なんて言いますが、「労働力よりロボットの方が安くなったら・・・?」どうでしょう。

私は身の回りだけ、超小規模にこれに近い価値観の変換を実現したいと思っています。

「なに言っているんだ?」「おかしいのかな?」と、気づかない人が多いほど、私にとっては有利となります。

繰り返しになりますが、正解などないのです。後付けで正解にする努力をお互いに尽くしましょう。Good Luck!! 生きるってそれだけのことです。

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