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みずもん

多動力を肯定するブログ

Google翻訳のニューラルネット進化版でこの世界の片隅にクリスチャンラデフレビューを読み解くぞ

この記事を書いた人:
水元英登(みずもと ひでと)
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オンラインサロン コーディネート

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2016年No.1の映画『この世界の片隅に』。英国人による素晴らしいレビューがあるらしく、早速読んでみることにしました。この記事に限らず、英語であるというだけで、私から見たら私たちを締め出すバリアーに見えます。

 

“英語無力化” の手段として、Google翻訳のニューラルネット・パワーアップに大きく期待しています。

 

<もくじ>

 

クリスチャンラデフさんの映画『この世界の片隅に』レビューがいいらしい

クリスチャン・ラデフさんって誰?

そんなことは先入観にしかならないからここでは無視します。

 

“In a year like 2016, in which all went to shit”, as Jerome Mazandarani, one of the executives of Animatsu Entertainment, who introduced the screening to us, said, “here’s In This Corner of the World.” How right he was.

vulturehound.co.uk

から始まるこの名映画評をGoogle翻訳に訳してもらいましょう。ある意図があって、あえてそのまま転記します。

さすがに人間の文章として完璧ではないので、読むと疲れちゃうと思います。

真面目に全部一字一句読もうと思わないでくださいね。

 

雰囲気だけつかんだら飛ばしても結構です。

 

読みにくいです。

読みにくいですが、その読みにくいことを体験して欲しいです。

まだここまでです。でも、ここまで来ました。

 

“大事なこと” はその奥にあります。

 

進化したGoogle翻訳については、過去に触れています。参考にどうぞ。

www.uniuni.tokyo

 

IN THIS CORNER OF THE WORLD(この世界の片隅に)は映画のタイトルなので、Google翻訳にはわからないみたいです。ここだけ手を入れました。

きしるなおさんがそのフィルターを通して翻訳したものと比較するのも楽しいですよ。

 

note.mu

 

AN ODE TO STOLEN MOMENTS – IN THIS CORNER OF THE WORLD (FILM REVIEW)

奪われた時間たちに捧げる詩〜『この世界の片隅に』映画レビュー 2016年11月29日 クリスチャン・ラデフ

この映画評のタイトルをきしるなおさんはこんな風に訳しています。 

Google翻訳ではシンプルにこうなります。

盗まれた時代の瞬間 - この世界の片隅に(映画レビュー) by Google翻訳による全訳

アニマルツエンターテイメントの役員の一人であるジェローム・マザンダラニ氏は、「『この世界の片隅に』はここにいる」と語った。

「2016年のようなすべてのことが起こった一年で」 。

 

 

1933年に広島で幼少時代から始まった浦野すず(能年玲奈)の物語に続いて、

笑いと家族愛、

そして芸術的技能でいっぱいの子供としての彼女の人生を一目瞭然にしています。

 

可能であれば彼女の周囲を描き、スケッチする。

 

1943年、19歳のすずは、広島では出会ったことのない北條周作(細谷佳正)の結婚提案に同意し、しかし、呉と呼ばれる山の上の小さな町で。

 

家族を歓迎し、彼女は世帯の日々の雑用を取り始め、

すぐに自分を新しい環境に適応させます。

彼女の義母(新谷真弓)、姪(稲葉菜月)、そして最終的には兄弟(尾身美詞)と同じように、すずと夫の間の感情的な親密さがすぐに発達する。

 

しかし、1945年に、彼女は単なる新しい家族以上のものを継承するようになりました。

戦争によってもたらされた毎日の変化の泥沼は、最終的に呉に達する空襲と爆撃の襲撃に至りました。

第二次世界大戦はピークに達した。

*1

 

 

戦時中の状況にもかかわらず、映画の前提は私たちが画面上で見るものとは逆に現れる。

 

美しい手描きのアニメーションの豊かな色彩は、

戦争映画に見られるほど鮮やかすぎるように見えます。

爆弾の爆発はキャンバススカイの黒い色の絵筆のようなものです。

 

実際には、戦争は決して恐ろしいほど多くを管理しながら、必要以上に悪化されることはありません。

 

そしてそのキャラクター(細部、モビリティー、盛りだくさんのすべてを備えています)は、

彼らの意思に反して、この2次元の、塗装された世界に投げ込まれたかのように見え、

市民の生活は、彼らの国が没頭している紛争の動機や性質からどういうふうになっているかを反映している。

 

 

映画が時にはゆっくりと感じられるのは、

視聴者がいつも予想している葛藤の強さに常に追いついているわけではないからです。

 

1938年以前から1938年までの間に、

この期間の他の従来の戦争映画と同様に、根本的な変化はない。

 

キャラクターの人生を動かす環境と文脈がある一方で、

『この世界の片隅に』では、

第二次世界大戦の出来事にもかかわらず起こる物語として、ほとんどの人がそれを理由としているわけではありません。

 

限られた量の食材を使用して家族全員が楽しめる食事を準備する際に、

すずの職人技に専念するようになりました。

他の人たちは、針と紐で着物を作ったり、地元の隣人たちに食べ物を頼んで酒を飲んだりすることで、穏やかな静けさの周りを回っています。

 

キャラクターは、戦争の危険に支配されるのではなく、それらを介して移動します。

そのため、映画の親密さは根本的に根付くことができ、盗まれた瞬間に畏敬の念を抱くことになります。

 

 

しかし、映画が終わっても、

空襲とシェルショッキングリトルボーイの後、

キャラクターの苦難は決して勝利の慰めによって決して検証されません。

 

すずが最終的に(政治的ではなく)実存的な「報われるはずだったのに!勝つはずだったのに!」と感嘆の中で崩壊する時、日本を枢軸国として認識しているにもかかわらず、それは観客として私たちのために粉砕されるほどの魂ではありません。

 

悲劇は、映画が始まる前でさえ、これらのキャラクターが最初から運命づけられていることを知っているという事実にあります。

しかし、それは戦争の過程についてこれまででしたか?

 

確かに私たちのためではなく、結局、すずと彼女の家族のためではありません。

これと同じように、戦争に巻き込まれた映画は戦争ではなく、

それを定義する状況に先行し、さらに上昇する彼女の人生もそうです。

 

 

疲れて、年を取って、親愛なる家族がいくつか失われて、私たちのヒロインは呉に留まることに決めました。

しかし、キャラクターには人生の変化や変化、急進的な変化はありません。

 

戦争の隙間は、その間も後にも触れることができます。

 

そして、爆撃によってすずは物理的に絵を描くことができなくなったかもしれませんが、最初はこれができなかったという意味ではありません。

 

戦争が荒廃したにもかかわらず、それは彼女が完全な人生を生きていないことを意味するわけではなく、『この世界の片隅に』、タイトルが予告するように感謝されています。

 

結局のところ、「蝉が戦争があるだけで遊ぶのを止めることはありません。(the cicadas do not stop playing just because there is a war.)」実際、映画が想起するように、私たちはその悲劇に忙しいうちに人生が起こります。

 

Google翻訳はすげ〜!

もちろん完璧じゃない。でも、Google翻訳がなければ、このような英語の長文には太刀打ちできる気がしないので手をつけなかったことでしょう。

 

無理ではありませんが、消耗してしまいますから。

 

そうなると誰かのフィルターを通した日本語訳しか触れることができなくなってしまいます。

2014年、大ヒットした『アナと雪の女王』の “Let it go” が「ありのままで」と訳されニュアンスが変わってしまっていることは多くの人たちの間で語られていました。

 

綺麗な日本語にリメイクされたものは、そのまま受け入れてしまいますが、

完璧ではない翻訳ならば、気になれば原文を見ますからね〜。

 

 

P.S.

これからの日本は「G」と「L」に二極化します。

「G」とはグローバル(Global)。

「L」とはローカル(Local)。マイルドヤンキー化して、親子三代で同じスウェット着て一族の財布で1日イオンにたむろする。アメリカではモールラッツ(mall rats)と呼ばれる生き方です。

 

グローバルの障壁の1つが英語です。 

 

実際に苦手かどうかとは別に、

最初から逃げ腰になっちゃいますから。

 

いかに志を高くして、心を入れ替えても

時間は取り戻せないので。

それでも私たちにはGoole翻訳があるじゃないか!って空気が日本の生き残りに貢献してくれらはずです。

 

“英語無力化” は私たちが世界に気軽に挑戦できるボーダレスに大きく貢献します。Google翻訳の発達に大きく期待しています。

 

 

最後まで読んでくれてありがとうございます。

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参考に、私の映画『この世界の片隅に」ネタバレなしの感想は過去に書いています。

www.uniuni.tokyo

*1:「すず」「能年玲奈」など固有名詞は水元が補足しています