みずもん

多動力を肯定するブログ

ハロウィンにコスプレで渋谷に行くのはバカのなり方を間違っている

この記事を書いた人:
水元英登(みずもと ひでと)
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オンラインサロン コーディネート

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渋谷のハロウィン仮装大会は2016年も盛大にとり行われたみたいです。

そして2016年もハロウィンの仮装は繰り返された

 

 

一瞬の薄っぺらい「成し遂げた感」に惑わされている

渋谷のあの騒ぎに参加するのって、東京マラソンに出るくらいの事前準備が必要だと思います。衣装も用意しなくちゃいけませんし、何より心の準備が必要じゃないですか。

絶対恥ずかしいし

あれだけの異常パニック状態の中で着替えるところなんてないでしょうから(ない状況も想定しないと)家から着て行こうか、着替えを持って行こうかと色々考えるはずです。

 

集団として見た場合「あいつら頭おかしい」と切り捨てることは簡単ですが、1人1人の人として気持ちを想像した場合、色々愛らしく思いませんか。この日を心待ちにして、家でひっそり用意していたりするんですよ。

何になろうかな。と考えたり、一生懸命働いて得たお金からいくら使おうかな。と考えているわけですよね。

 

ただ、その勇気とか労力とかをなぜ別のところに使わないのか、もったいなく思います。大きな意味で騙されて踊らされていると思いませんか。

 

自分で動いていると言うよりも動かされている

あんなことをする人は渋谷など限定された場所でのごく一部の人たちです。でも、例えば渋谷だけ見れば、ものすごい人の数です。

他人と同じことをやるだけならば、毎日何の疑問もなく満員電車で通勤するいつもと本質は同じなんです。

 

最近出てきた仮装してゴミ拾いする人たちも含め、最初に考え出した人や多くの人を煽動して動かしている人はすごいです。

ただし、追従するだけの人は烏合の衆。羊飼いと羊たちにしか見えません。

 

日頃の溜まったストレスを、奇声を上げるなどして発散したとしても、その場限りのガス抜きで、翌日からはまたストレスの世界に戻っていくのでは時間と労力の使い道として間違っています

 

同じバカでもバカのなり方を間違っている

何をしようが自由というのは大前提です。

私は、先日も宣言した通り、何にでもチャレンジすることは素晴らしいことだと思っています。中途半端なお利口さんよりもバカになって飛び込める人を尊敬します

 

www.uniuni.tokyo

パチンコにお金を捨てようが、宝くじにお金を捨てようが、コスプレに時間と労力を捨てようが何の文句もありません。

でも、ゴールを設定せずに行き当たりばったりなバカ騒ぎをすることがバカになることだと思われては困ります

 

我慢の日常の末に花火を爆発させるよりも日常を充実させろよ

渋谷の街に普段は絶対にできないような奇抜なコスプレで駆けつけるなんて、相当勇気がいることですし、思い切った行動力があることだと感心します。

ただ、それができている理由が「みんなもやっているから」だとしたら・・・きっと大半はそうだと思いますが・・・残念です。

 

それって、みんなもやっているから毎日満員電車に乗るのと同じですし、みんなもやっているから赤信号を渡るのと同じですし、みんなもやっているから津波警報を無視して家に荷物を取りに帰るのと同じです。

 

1人1人を個別に見れば、それぞれに感情があって個性があるのに、それを輝かせる方向に考えが向かわずにみんなと同じことをやるのはもったいないです

 

ハロウィンのコスプレという出来事だけならば、この時期のあの場所だけのことなのでまだマシなのですが、これによって思考が間違ってしまうと(悪い癖を覚えてしまうと)明日からまた祭りの後のつまらないいつもの日常に逆戻りです。

抑圧された日常の合間の祭りの状態って「キレると怖い」のキレてる状態だと思うんですよね。

 

我慢の毎日の中で週末を待って、週末騒いでまた月曜日は憂鬱・・・そんな日常に悲壮感が蓄積していく危険な状態です。 

他人と同じことやって一発花火で「何かやった」気分になってないで、日常である今日を充実させるにはどうしたらいいのかを考えるべきです。

 

未来に続く目的意識を持った行動がオススメです。


 

〜2016.10.31 21:14 追記〜

 

いかがでしたか? 

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