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多動力を肯定するブログ

シンゴジラが怖い理由かつこれほどまでに心を打つ原因はひたむきな東京への前進だ

この記事を書いた人:
水元英登(みずもと ひでと)
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サロン屋さん

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【更新・2016.11.08】映画「シン・ゴジラ」についてこれほどまでに追いかけるなんて、TVゲーム「SIREN(サイレン)」以来かもしれません。背景に製作者が想定した世界観に興味があります。あそこまで “リアル” を追求した映画だからこそ、です。ゴジラのなんで東京に上陸してくるの?からラストシーンのあれは何なのよ?を経由して、ゴジラがなぜ私たち日本人にとって怖いのかまで、あれこれ考えてみます。

 

警告:この記事はネタバレを含みます

<もくじ>

シンゴジラで思い起こされる記憶はFUKUSHIMA

http://www.tsukiji-ohta.jp/image/DSC_1011.JPG
ゴジラにしか見えない実在する魚です 引用:株式会社 築地太田

私は普通の映画「まあ、好き」レベルで、年間4本も見れば多い方です。「まだ3回しか見てないのにごめんなさい」などという愛好家の話にはついていけないのですが。

それでもネット上には様々な感想投稿があるので、面白い。

通常、ネットの記事などほとんど読まない私ですが(最近は読むので修正)、シン・ゴジラの諸説に関しては、中学生の作文みたいなものから専門的なものまで、みんなから愛されて許容されている雰囲気が楽しいものです。

 

日本人が怖いものが出てきたという映画

一般的な普通の感想としては、ゴジラは日本人の恐れるものの隠喩・メタファー「例えば、こんなの出てきたら怖いでしょ?」である!というものが多数見受けられました。

そして「言いたくても言いづらい」私たち現代人の代弁をしてくれるという部分について、マンガ「進撃の巨人」のセリフまわしに似た痛快感があります。

 

日本人が近い記憶で怖いものがFUKUSHIMA

作中では露骨に「FUKUSHIMA」ですよね。「記憶に新しい災害」だし。

その瞬間、それ以降、世界が変わってしまうのに、何の前触れもなく起こりました。あれこれ後悔しても間に合わない無力感を思い出します。

でも、それは日常のありふれた表裏一体のきわどさで、背中合わせに生きている生活であって、こんな気持ち悪い目をした生き物を私たちは普段から食べてるよね?ってことです。

 

ゴジラの魚類の目は無感情で印象的

ちなみに・・・上の写真はハモ。ウナギ目ハモ科の生き物です。

ゴジラ「第2形態」のモデルはラブカという深海に住むサメの一種だとされています。

私にはハモのような目がより印象的です。感情も温度もない印象です。

 

シンゴジラが語る私たちの最大の脅威は人類である

映画ファン・アニメファンのように知識のある人たちが歓喜した・・・と想像するラストシーンは、ゴジラの尾の先に見える人型のようなものです。

 

ラストシーンは宮崎駿の世界へ続く

先日、私のイベントに、私のブログを見てくれている人がいらして、「風の谷のナウシカ」の原作漫画を読むとシン・ゴジラがさらにわかるとアドバイスを受け、今2巻に入ったところです。

あの人型のおぞましいものは、つまり「巨神兵」だという考え方です。

 

ゴジラは巨神兵の親

巨神兵とは、もちろんお話の中の架空のものです。

1000年前に産業文明を崩壊させた「火の七日間」で世界を焼き払ったといわれる巨大な人型人工生命体。

2012年7月に開催された展覧会「館長 庵野秀明特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」にて公開された特撮短編映画「巨神兵東京に現わる」にストーリーが受け継がれるわけです。

もちろん、巨神兵は私たち人類自身(原子力技術の持つ一面)の隠喩(メタファー)です。

 

www.youtube.com

 

ゴジラと核 放射能の脅威

作中では実際に核攻撃はされませんでしたので、核攻撃がゴジラに有効だったのかはわかりませんが、一応示された力関係は

 

人間 < ゴジラ < 核攻撃

 

でした。

 

言い換えるならば

 

人間(個体) < ゴジラ < 人類(科学技術など総合力)

 

もしかしたら、核攻撃してもダメで「思い上がるなよ」という人類への警告だったのかもしれませんが。

人類こそが、人間にとって最上級に来る脅威。諸刃の剣であるというメッセージを感じました。

 

シンゴジラを無力化するためのヤシオリの酒が意味する神殺し伝承

「シン・ゴジラ」が日本固有の世界観の上に成り立っていることを示唆するのが「ヤシオリ作戦」という命名です。

“ヤシオリ” とは何か?ということは作中では語られていませんが、まったく同じ語感から考えられる言葉に「八塩折之酒(やしおりのさけ)」というものがあります。

 

八塩折之酒とは「古事記」「日本書紀」の出雲神話に記載される伝説の酒で、スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治したときに、オロチ・・・つまり竜を酔わせるためにに飲ませた酒とされています。

竜・・・つまり恐竜の形をしたゴジラを無力化させるために、酒を飲ませる作戦ってことですね。

 

ゴジラはタタリ神 

そして、ゴジラとは「God」を発音に含んだ「神」であるということが石原さとみ(役名よりも石原さとみ!)より示唆されます。

この神とは日本的な、「八百万(やおよろず)の神」の発想です。そして、シン・ゴジラは「神殺し」への問いです。

 

映画「もののけ姫」の世界観に共通するポイント

映画「もののけ姫」のように、無念が恨みとなり生き物が「荒ぶる神」となります。

荒ぶる神は、災いを撒き散らしながら進み、理不尽な災いを受けた者の恨みの連鎖が続く。

恨みの連鎖を断つために立ち上がっても、神を殺すことには大きな代償を伴う。

 

牧教授の日本政府への恨みがタタリ神になったら

牧教授の愛する人を失った無念。福島での人災から生まれた恨みの矛先が日本政府を含む日本(=東京)に向けられた格好です。

 

海から現れたはずのオタマジャクシが、上陸後はじめている地上の世界で道に迷うことなくまっすぐ東京に進むのは牧教授の意思でしょう。

あれは牧教授という人間の(肉体か魂かわかりませんが)タタリ神です。

タタリ神になるということは、実質、もう死んでいるも同然なのですが、生前の強い意思によってひたすら突進をするのです。災い(放射能)を撒き散らしながら。

 

ゴジラの進路とそこから考えられるゴジラの中身についてこちらの記事を書きました。

警告:この記事にはネタバレを含みます

 

 

日本固有の怖さ、畏怖

これらの日本固有の一種の信仰は、日本人DNAの中になんとなくの懐かしさとして共通認識があるのか、2003年にソニー・コンピュータエンターテインメントから発売されたPlay Station 2用ゲームソフト「SIREN(サイレン)」のシリーズでもテーマは「神殺し」です。

日本各地に散りばめられた伝承があることを私たちはなんとなく知っているわけです。

 

警告:怖いです

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日本特有の切ない怖さ

この「仄暗い水の底から」的なJAPANESEホラーの切なく怖い感覚は、歴史的に、私たち日本人にしかない感覚なのではないでしょうか。

善悪ではなくて、悲しみの向く先で他人に迷惑をかけてしまう私たちの日常の影の一面だから心に「問い」を残すのです。

善悪の邪念が入る余地もなく、ただピュアに前進を続けるゴジラはある意味愚直であり、バカであり、かわいそうに映る。

 

シンゴジラ感想 まとめ

私たちはなんとなく身に覚えのある罪悪感に触れ、強く感動の形で印象に残るわけです。

感動とは、罪悪感であるからです。

社会へ、大事な人へ、過去の行いと自分の生き方への少なからずの罪悪感から、人は涙を流すのです。

 

以前書いた、映画『シンゴジラ』の感想です。

 

 

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おわり 

 

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